ABOUT

PANIC AMERICANA

1995年は、1月の阪神淡路大震災という文字どおりの'Panic'で始まった。しかしこの年のわたしは単著だけで『ニュー・アメリカニズム』『ニューヨークの世紀末』『 E・ A・ポウを読む』と目白押しで、畏友ラリイ・マキャフリイの論考をまとめた編訳書『アヴァン・ポップ』も出さねばならないという驚異の年を迎えていた。よく言えば多様、悪く言えば支離滅裂な仕事の縦糸と横糸が交錯するうちに、ある日、その豊饒なるカオスのさなかよりひとつの天啓(エピファニー)がもたらされた。ピューリタニズムの聖典、コットン・マザーの『マグナリア・クリスティ・アメリカーナ』(アメリカにおけるキリストの大いなる御業)とポストモダニズムの聖典、アーサー・クローカーの『パニック・エンサイクロペディア』がスリリングに軌道交差したのである。合わせて...Panic Americana。すでにポスト・アメリカニズムとささやかれる時代に入っていたから、いわゆるパクス・アメリカーナ(Pax Americana)をオチョクったような語感も気に入った。先行する使用例はいまにいたるも存在しない。故に、 Google検索では本誌がトップに出て来るだろう。(その他の経緯を知りたい方は"Panic Americana vol.20" を参照)本誌創刊から10年以上経ったとき、UCLAの学生芸術家ベンジャミン・ブリットンが“Panic Americana”という華麗な作品を仕上げているのを知ったのは面白い体験であった。

Publisher

Takayuki Tatsumi

Photo by Shiho.T

Pani

CAME

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